『博士を愛した数式』で知られる女性作家・小川洋子による、老女が語る恋物語。「飛行機で眠るのは難しい。そう思いませんか、お嬢さん?」・・・ウィーン行きの飛行機で乗り合わせた男の呼びかけに、最初は戸惑った私だが、やがて彼の語る物語に惹きこまれていった。「眠るためには、暗闇に導いてくれるその人固有の眠りの物語を映し出すのです」と言って、彼が語った物語というのは、以前同じ飛行機に乗り合わせたウィーンで布地屋を営むという小さな老女の話だった。日本のペンフレンドとの30年に及ぶ心ときめいた文通のこと、彼の写真と職業とは実際とは似ても似つかなかったこと(写真は有名俳優のものだった!)、とても楽しかった日本の名所巡りのこと―。話しながら、膨らんだ鞄から取り出される雑多なあれこれ。老女は語り終えると、満足げに眠りについたのだが・・・。