■鏡地獄 彼は、小さい時から、物の姿が映るレンズや鏡に不思議な嗜好を持っていたが、中学に進み、それは凹面鏡への異常な興味へと際立っていった。彼の病的関心は、両親の莫大な遺産を受け継いで以降ますます昂じ、思うがままに異様な実験を繰り返すようになる。 ニキビの先端がザクロのように血が滲みでている様子を拡大してみたり、紙幣の像を中空に浮かばせて遊んだり、種々の鏡やレンズを使って、潰された蚤の断末魔の形相や、部屋いっぱいに蠢く不気味な人の顔などを映し出したり――どれもこれもぞっとするものばかりだった。 彼の異様な実験癖はもはや病的なものとなったが、そんなある日、彼の身に遂に異常が起こる・・・。
■押絵と旅する男 蜃気楼を見に魚津に出かけた帰り、誰もいない汽車の中で、魔術師のような不気味な風采の男が、何やら異様な扁平な荷物を持って坐っていた。彼に引き寄せられるようにすぐ前に坐ったところ、見せられた のは巧緻を極めた押絵であった。 描かれた男女は、まるで生きているかのようだ。 いや、実際絵の中で生きていた! 古風な洋服の白髪男にしなだれかかった肉体が生気を放つ縮緬姿の美しい娘の取り合わせ・・・。 幸せそうな女に比して、男は多くの皺の底で苦悶の相を浮かべている。 汽車の男が語るその異様な事情とは・・・。