湯上りに世間話を交わしていた二人の男がいた。
その一人、斎藤氏の顔は無残に傷ついており、身体にも戦場で数々の傷を負ったのだという。
一方の井原氏は、彼と宿も違い、身分も違うのに、急に親しくなったことを不思議に思っていた。
何かしら前世の約束のような不思議な縁を感じていたのだった。
昔話に花が咲く中、斎藤氏は一つ懺悔話を聞いて欲しいと切り出した。
それは、斎藤氏が大学に在学していた時に犯してしまった罪の話だった。
ある朝のこと、同じ下宿にいる友人がやって来るなり、奇妙な話を始めた。
昨日の斎藤氏は大変な気焔で、いきなりやって来て議論を吹っ掛けては、言いたいだけ言ってさっさと帰ってしまったと。だが、その記憶が定かでない斎藤氏は、キツネにつままれたような心境でその話を聞いた。
その友人は昔からの夢遊病が再発したのではというのだが ……
江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ)
日本の推理小説家。1894年10月21日生まれ、三重県生まれ。筆名は、19世紀の米国の小説家エドガー・アラン・ポーに由来する。数々の職業遍歴を経て作家デビューを果たす。本格的な推理小説と並行して『怪人二十面相』、『少年探偵団』などの少年向けの推理小説なども多数手がける。代表作は『人間椅子』、『黒蜥蜴』、『陰獣』など。1954年には乱歩の寄付を基金として、後進の推理小説作家育成のための「江戸川乱歩賞」が創設された。